営業日カレンダー
2009-10-10 (土)
イ ベ ン ト
いろりや創業記念日★祝31周年
いろりやは2009年10月10日(土)に、うどん屋創業31周年を迎えることができました。
これもひとえに、お店に足を運んでくださったお客さま、
よいものを納品してくださったお取引先さま、あたたかい目で見守ってくださった地元の皆さま、
いろりやで働いてくださった従業員・アルバイトの皆さんと、
数え切れないくらい多くの方々に支えていただいたおかげです。
本当に、ありがとうございます。
従業員一同、心より深く御礼申し上げる次第です。
そして、32年目も1年目と変わらない気持ちで精進し、さまざまなことに挑戦して参りたいと思います。
どうか、引き続きのご利用・ご愛顧をお願い申し上げます。
簡単ではございますが、いろりや31年間の歩みをここにご案内させていただきます。

1978年10月10日
店主の周治 輝峰(しゅうじ てるみね)が < カメラのキタムラ > を脱サラ。
妻の八重(やえ)と共に、四万十市(旧中村市)右山に
セルフサービスのうどんや < サヌキヤ > を開店。
店主が麺打ち、おかみがダシづくり、店主の母勝代(かつよ)が天ぷらを担当。
当初は、岡山を本店とするフランチャイズの契約フランチャイジーでした。
1983年
< サヌキヤ > フランチャイズを脱退。
以降、高知らしさを活かしたオリジナリティあるうどんづくりを模索する。
上の写真はこの頃のもの。今から25年ほど前の店内での一枚です。
1984年
ある日、『 水を飲ませて欲しい 』 と年老いたお遍路さんが突如、店先に表れる。
お遍路さんから弘法大師の言葉と称して、意味不明の色紙をいただく。
不思議なことにお遍路さんが去った直後、『 うどんは水が命 』 のインスピレーションを得る。
その後、暇を見つけては地元四万十川流域をめぐり、おいしい水を捜し求めるようになる。
1986年4月
< サヌキヤ > の経営権を知人に譲渡。
その後も< サヌキヤ > は、中村駅前の同じ場所、同じ経営者のもと営業を続けています。
1986年8月8日
幡多郡黒潮町(旧大方町)入野に < いろりや > を開店。
当時県下でも珍しかった30台あまりの駐車場を完備する大型郊外店として、
本格的なうどん専門店を目指して、新たなスタートをきる。
1988年
本四架橋の瀬戸大橋が開通したこともあって、この頃にお客様の数がピークに。
多忙な日々が続き、店主がストレスにより体調を崩す。
心のやすらぎとうまい水を求めて四万十川流域へ通う日々が続く。
1989年
ある日、夢でみた景色と同じ源流の風景に、旧西土佐村藤の川地区で出会う。
背後にブナ原生林と霊山を抱き、UFO目撃談もあるような場所(笑)に惚れ込み、
水を汲むために片道1時間半の距離を足繁く通う日々が続く。
1989 年
日本で初めて、< 四万十川の青のり入りうどん >を製造。
乾麺タイプのお持ち帰り用うどんを、いろりや店内にて販売開始。
ほか、< ゆず入りうどん >や< 有精卵入りうどん >なども製造販売。
1990年
隣町から毎日、水を汲みに来ていることが藤の川地区の人々の間で噂となる。
このことをきっかけに、地域の雇用創出と活性化を柱とするうどん工場設立の話が持ち上がり、
その後、いろりや、地域住民、行政の三者でスクラムが組まれる。
1991年
旧西土佐村藤の川地区に < 四万十の里 うどん工房 麦屋 > の工場を落成。
国産小麦、天然塩、四万十川の伏流水を用いた本格冷凍麺の製造をスタート。
四万十川の青のりを練りこんだオリジナルうどん等の開発に取り組む。
1993年
当時の県知事橋本大二郎氏の発案による『株式会社 高知県商品計画機構販売』を通して、
伊勢丹、阪急、大丸、そごう、近鉄、松屋等の大手百貨店との取引を開始。
< 麦屋ブランド >のうどんとして、お中元、お歳暮など多くのお客様にご利用いただく。
1994年11月
現在、千葉市にて < 手打ちうどん 四万十 > を営む二宮夫妻(店主妻の妹夫婦)が、
< いろりや > にてうどんや修業を行う。
1995年3月
阪神大震災後の神戸市灘区内にて、うどん5,000食を持参して炊き出しボランティアを行う。
< いろりや/麦屋 > から6名、(株)高知県商品計画機構販売から数名が現地入り。
1997年4月
< いろりや > をタイル貼りの床から、靴を脱いでお上がりいただく床板張りの形式に改装。
各テーブルはいろり台と掘りごたつに変更される。
1997年4月
文藝春秋(1997年4月特別号)のPeople/達人というコーナーに、
取材記事と写真が掲載される。そのときの記事コピーはこちら。
2000年
素材へのこだわり過ぎによる利益の圧迫、百貨店の売上げ減少、
直販取り組みへの出遅れ等もあり、< 麦屋 > の事業経営を軌道に乗せきれず赤字が続く。
結果、いろりやは < 麦屋 > の経営から撤退を決断し、地元の若い起業家に経営権を譲渡。
その後、 新しい < 麦屋 > は経営を持ち直し、現在も順調に成長を続けています。
2002年
< いろりや > 裏手の工房スペースを < 集々亭(つれづれてい) > と名付けて開放。
年数回のペースにて、さまざまなアーティストのミニコンサート等のイベントを開催。
地元の人々との交流や文化貢献の一助にと、現在もアットホームな空間の提供を継続中。
過去、< いろりや/集々亭 > で演奏いただいたアーティストの方々の一部を、
以下にご紹介いたします(※あかさたな順)。
今井とうたさん
http://www.flickr.com/photos/iroriya_kochi_japan/3978956036/
小沼ようすけさん
http://www.heartmusic.co.jp/YosukeOnuma/index.htm
on ami(voiceTOMOさん/山本優一郎さん)さん
http://voicetomo.exblog.jp/
辻幹雄さん
http://homepage1.nifty.com/41record/
中山英二さん
http://www.h3.dion.ne.jp/~eijin/
binshoさん
http://ameblo.jp/iroriya9640/entry-10338610517.html
堀秀彰さん
http://horinky.withmusic.jp/
2002年3月
< いろりや > 店内にて、富士火災海上保険株式会社さんのCM撮影が行われる。
撮影スタッフのみなさま数十名と一緒に主演男優の高橋英樹さんもご来店され、
撮影の合間にうどんをお召し上がりいただく。
2008年4月
高齢のお客様等への配慮もあって、ほりごたつ席からテーブル席へ全面改装。
シンボルの大いろりは、そのままの形式で残しており現在も利用可能です。
その後、高知県内の飲食店第一号として店内完全禁煙に踏み切る。
2009年5月
iroriya.jpのドメインを取得し、公式ホームページを開設。
企画・更新・撮影を次男の継が、デザイン・制作を長男の貴伸と兄弟で運営している。
ホームページ制作・更新にグーペを採用し、ペパボ社の事例にも取り上げられました。
2009年10月、11月
創業31周年を記念し、キャンペーンを実施。
<31周年記念#1>うどん大盛は+31円キャンペーン!!(通常105円) → 終了しました
<31周年記念#2>次回50円返金クーポン・プレゼント!! → 終了しました
<31周年記念#3>楽しんでくだ31(さい)コンサート(笑 → 終了しました
<その他>
31年の間に店主が撮りためたお店や昔の写真を、こちらで公開しています。
お時間ございましたら、ご高覧いただければ幸いです。
スライドショー(flickr)で振り返る、いろりや31年の歩み >>
<番外>
ちなみに、2009年で31周年を迎える1978年生誕の同期(?)には、
サザンオールスターズ
TOKIOの長瀬 智也さん
などがいらっしゃいます。
これもひとえに、お店に足を運んでくださったお客さま、
よいものを納品してくださったお取引先さま、あたたかい目で見守ってくださった地元の皆さま、
いろりやで働いてくださった従業員・アルバイトの皆さんと、
数え切れないくらい多くの方々に支えていただいたおかげです。
本当に、ありがとうございます。
従業員一同、心より深く御礼申し上げる次第です。
そして、32年目も1年目と変わらない気持ちで精進し、さまざまなことに挑戦して参りたいと思います。
どうか、引き続きのご利用・ご愛顧をお願い申し上げます。
簡単ではございますが、いろりや31年間の歩みをここにご案内させていただきます。

1978年10月10日
店主の周治 輝峰(しゅうじ てるみね)が < カメラのキタムラ > を脱サラ。
妻の八重(やえ)と共に、四万十市(旧中村市)右山に
セルフサービスのうどんや < サヌキヤ > を開店。
店主が麺打ち、おかみがダシづくり、店主の母勝代(かつよ)が天ぷらを担当。
当初は、岡山を本店とするフランチャイズの契約フランチャイジーでした。
1983年
< サヌキヤ > フランチャイズを脱退。
以降、高知らしさを活かしたオリジナリティあるうどんづくりを模索する。
上の写真はこの頃のもの。今から25年ほど前の店内での一枚です。
1984年
ある日、『 水を飲ませて欲しい 』 と年老いたお遍路さんが突如、店先に表れる。
お遍路さんから弘法大師の言葉と称して、意味不明の色紙をいただく。
不思議なことにお遍路さんが去った直後、『 うどんは水が命 』 のインスピレーションを得る。
その後、暇を見つけては地元四万十川流域をめぐり、おいしい水を捜し求めるようになる。
1986年4月
< サヌキヤ > の経営権を知人に譲渡。
その後も< サヌキヤ > は、中村駅前の同じ場所、同じ経営者のもと営業を続けています。
1986年8月8日
幡多郡黒潮町(旧大方町)入野に < いろりや > を開店。
当時県下でも珍しかった30台あまりの駐車場を完備する大型郊外店として、
本格的なうどん専門店を目指して、新たなスタートをきる。
1988年
本四架橋の瀬戸大橋が開通したこともあって、この頃にお客様の数がピークに。
多忙な日々が続き、店主がストレスにより体調を崩す。
心のやすらぎとうまい水を求めて四万十川流域へ通う日々が続く。
1989年
ある日、夢でみた景色と同じ源流の風景に、旧西土佐村藤の川地区で出会う。
背後にブナ原生林と霊山を抱き、UFO目撃談もあるような場所(笑)に惚れ込み、
水を汲むために片道1時間半の距離を足繁く通う日々が続く。
1989 年
日本で初めて、< 四万十川の青のり入りうどん >を製造。
乾麺タイプのお持ち帰り用うどんを、いろりや店内にて販売開始。
ほか、< ゆず入りうどん >や< 有精卵入りうどん >なども製造販売。
1990年
隣町から毎日、水を汲みに来ていることが藤の川地区の人々の間で噂となる。
このことをきっかけに、地域の雇用創出と活性化を柱とするうどん工場設立の話が持ち上がり、
その後、いろりや、地域住民、行政の三者でスクラムが組まれる。
1991年
旧西土佐村藤の川地区に < 四万十の里 うどん工房 麦屋 > の工場を落成。
国産小麦、天然塩、四万十川の伏流水を用いた本格冷凍麺の製造をスタート。
四万十川の青のりを練りこんだオリジナルうどん等の開発に取り組む。
1993年
当時の県知事橋本大二郎氏の発案による『株式会社 高知県商品計画機構販売』を通して、
伊勢丹、阪急、大丸、そごう、近鉄、松屋等の大手百貨店との取引を開始。
< 麦屋ブランド >のうどんとして、お中元、お歳暮など多くのお客様にご利用いただく。
1994年11月
現在、千葉市にて < 手打ちうどん 四万十 > を営む二宮夫妻(店主妻の妹夫婦)が、
< いろりや > にてうどんや修業を行う。
1995年3月
阪神大震災後の神戸市灘区内にて、うどん5,000食を持参して炊き出しボランティアを行う。
< いろりや/麦屋 > から6名、(株)高知県商品計画機構販売から数名が現地入り。
1997年4月
< いろりや > をタイル貼りの床から、靴を脱いでお上がりいただく床板張りの形式に改装。
各テーブルはいろり台と掘りごたつに変更される。
1997年4月
文藝春秋(1997年4月特別号)のPeople/達人というコーナーに、
取材記事と写真が掲載される。そのときの記事コピーはこちら。
2000年
素材へのこだわり過ぎによる利益の圧迫、百貨店の売上げ減少、
直販取り組みへの出遅れ等もあり、< 麦屋 > の事業経営を軌道に乗せきれず赤字が続く。
結果、いろりやは < 麦屋 > の経営から撤退を決断し、地元の若い起業家に経営権を譲渡。
その後、 新しい < 麦屋 > は経営を持ち直し、現在も順調に成長を続けています。
2002年
< いろりや > 裏手の工房スペースを < 集々亭(つれづれてい) > と名付けて開放。
年数回のペースにて、さまざまなアーティストのミニコンサート等のイベントを開催。
地元の人々との交流や文化貢献の一助にと、現在もアットホームな空間の提供を継続中。
過去、< いろりや/集々亭 > で演奏いただいたアーティストの方々の一部を、
以下にご紹介いたします(※あかさたな順)。
今井とうたさん
http://www.flickr.com/photos/iroriya_kochi_japan/3978956036/
小沼ようすけさん
http://www.heartmusic.co.jp/YosukeOnuma/index.htm
on ami(voiceTOMOさん/山本優一郎さん)さん
http://voicetomo.exblog.jp/
辻幹雄さん
http://homepage1.nifty.com/41record/
中山英二さん
http://www.h3.dion.ne.jp/~eijin/
binshoさん
http://ameblo.jp/iroriya9640/entry-10338610517.html
堀秀彰さん
http://horinky.withmusic.jp/
2002年3月
< いろりや > 店内にて、富士火災海上保険株式会社さんのCM撮影が行われる。
撮影スタッフのみなさま数十名と一緒に主演男優の高橋英樹さんもご来店され、
撮影の合間にうどんをお召し上がりいただく。
2008年4月
高齢のお客様等への配慮もあって、ほりごたつ席からテーブル席へ全面改装。
シンボルの大いろりは、そのままの形式で残しており現在も利用可能です。
その後、高知県内の飲食店第一号として店内完全禁煙に踏み切る。
2009年5月
iroriya.jpのドメインを取得し、公式ホームページを開設。
企画・更新・撮影を次男の継が、デザイン・制作を長男の貴伸と兄弟で運営している。
ホームページ制作・更新にグーペを採用し、ペパボ社の事例にも取り上げられました。
2009年10月、11月
創業31周年を記念し、キャンペーンを実施。
<31周年記念#1>うどん大盛は+31円キャンペーン!!(通常105円) → 終了しました
<31周年記念#2>次回50円返金クーポン・プレゼント!! → 終了しました
<31周年記念#3>楽しんでくだ31(さい)コンサート(笑 → 終了しました
<その他>
31年の間に店主が撮りためたお店や昔の写真を、こちらで公開しています。
お時間ございましたら、ご高覧いただければ幸いです。
スライドショー(flickr)で振り返る、いろりや31年の歩み >>
<番外>
ちなみに、2009年で31周年を迎える1978年生誕の同期(?)には、
サザンオールスターズ
TOKIOの長瀬 智也さん
などがいらっしゃいます。





